アイドル歌手の何が嫌いか

私はアイドル歌手が嫌いだ。以下にその理由を説明する。

医師、教師、学者、政治家

これらを始めとする専門家は、またそれ以外の立場に就く者も全て、それぞれの役割を演じている。 役割というものは単純化された人間の一種だ。例えば、医師は通常患者に対して「医師としてではない自分」を見せようとはせず、 患者の方でも通常それを見る事を望みはしない。患者もまた「患者としてではない自分」を積極的に見せる事は少なく、医師もそれを不都合とは考えない。 ここで医師と患者の間には、一つの共通認識がある。「互いにそれぞれの立場を演じているが、必ずしもそれが全人格ではない」との認識だ。

そしてここが重要なのだが、この共通認識を医師も患者も否定しない。それが在るという事をわざわざ話題にする事はないが、必死で隠そうとするわけでも、ない。

役者

これらの者は、あるキャラクターを演じる。キャラクターとは虚構の人間のことであり、その虚構の人間ははじめから虚構である事を前提とした上で提示される。 ここに役者とキャラクターの間には一種の断絶があり、両者は決して同一でない事が、はじめから示されている。 役者の演技を観ている観客は、その役者が演技をしているのであり、演じられているキャラクターと役者が同一の存在なのではない事を知っている。 役者もまた、観客がその認識を持っている事を知っている。

役者と観客の場合にも、医師と患者の場合と同様に、その共通認識を両者が否定しない。

アイドル歌手と『キャラ』の問題

これがアイドル歌手となると話が変わる。

アイドル歌手も役者と同様、実際には或るキャラクターを演じているのだが、役者と違って「演技ではない。あなた方が見ている彼らや彼女らは、あなた方の見ている通りの人物だ」との建前が存在する。 この建前があるために、結局アイドル歌手は虚構の人間ではなく単純化された人間を演じる事になってしまう。

この場合の単純化された人間は、最初に述べた専門家の場合とはその扱われ方が異なっている。専門家の演じる役割は、それがあくまで役割に過ぎない事が了解されているが、 アイドル歌手の場合にはそれがあたかも彼ら彼女らの全人格であるかのように提示される。いわゆるキャラと同じだ。 「かわいいキャラ」だから、かわいく振舞う。「元気キャラ」だから、元気に振舞う。「毒舌キャラ」だから、毒舌を吐く。 しかし現実の人間とはそう単純なものか?違うだろう。まともな観客ならば当然それを見抜いているだろうが、あくまでもアイドル側はその事実を隠し通そうとする。

この点が私には本当に不快なのだ。 アイドルらはまるでこの世の人々が、あなたや私が、キャラに分類されキャラの割り当てに沿って生きるように要請し、その手本を示しているかのように感じられるのである。 もちろんこれは事実ではないだろう。アイドル歌手や事務所はそんな事を意図していないだろう。だが、キャラに沿って生きる人間の有り様を具体的に提示し、その有り様を肯定するのであれば、 意図せずとも結果はその通りになろう。私の思い過ごしだろうか? そうだといいね。

余談

そもそも何故こんな事を考えたかというと…

  1. 友人と話していて AKB なんたらの話題が。
  2. 友人「AKB なんたらのメンバーは搾取されていてどうの」
  3. 私「ワロス。少しも気の毒だと思わない」
  4. 私「アイドル歌手というものが嫌いなんだ」
  5. 友人「何をされたわけでもあるまいし」
  6. 私「そういえばなんで嫌いなんだろうね」
  7. 私「うーん、色々と考えても理由を言語化できないな…」
  8. 私「風呂に入って考えよう」
  9. 友人「そんな考えるほどのことでもないw」
  10. 私「いや、ある」

そして風呂の中で必死で言語化した理由がこれ。

その後

<#####> そういうのはひな壇バラエティ番組の発達によって
多くのテレビ出演者に対して求められてきているのではないかな
<PHO> ああ、そうだね
<#####> 多くの大衆的な歌手は歌だけ歌っていればいいものではないのがねえ
<PHO> うん。
<#####> 伝統芸能ならそれだけやってりゃいいんだけど
<PHO> アイドルはうんこしちゃいけないのだ
<#####> ライト宗教ですから
<#####> むしろアイドルのうんこをご利益があると売ってしまえばいいわけですな
<#####> 焼いて聖灰にすれば衛生面もクリアできる
<@@@@@> アイドルは下痢しかしない
<PHO> 聖灰という発想は無かった